お知らせ

2018年 主なギターコンクール 関東圏
2018年 5月 5日 第49回クラシカルギターコンクール    日本橋公会堂

(終了)

2018年 6月10日 第40回ジュニア• ギターコンクール  ミレニアムホール

(終了)

2018年10月14日 第36回スペインギター音楽コンクール ミレニアムホール
2018年 9月23日 第25回埼玉ギターコンクール さいたま市民会舘うらわ8階コンサート室
2018年 8月10日 第43回GLC学生ギターコンクール    豊洲シビックセンターホール
2018年12月1日(第二次予選) 2018年12月2日本選
            第 61回東京国際ギターコンクール    白寿ホール

<ターレガについて>

カステリョン県ヴィラ=レアル出身。幼い頃に用水路に落ちて危うく失明しかけた。おそらくはこのため(目が不自由でも音楽で生計が立つだろうという父親の考え)に、家族に連れられカステリョーン・デ・ラ・プラーナに移り、音楽学校に進んだ。最初の音楽教師エウゲニ・ルイスとマヌエル・ゴンサレスはいずれも盲人であった。1862年にギター奏者のフリアン・アルカスに神童と認められ、その奨めによりスペイン楽壇の中心地バルセロナを訪れる。父親は伴奏楽器の色合いが強かったギターだけでなく、ピアノの勉強もすることを望んだ。アルカスが海外ツアーでいなくなり、10歳になったばかりのタレガは、カフェやレストランでギター演奏をすることで研鑽を積んでいた。しかしながら、それが見つかり間もなく父親によって連れ戻された[1]。1865年に家出し、バレンシアロマの一団に加わるが、再び父親に見つかり連れ戻される。もう一度家出しバレンシアに行くが、今度は自発的に戻り、家計を助けるようになった。
1874年にマドリッド音楽院に進学。豪商アントニオ・カネサの援助のもとに、作曲をエミリオ・アリエータに師事。1870年代末までにギター教師として立ち(門人にミゲル・リョベートエミリオ・プジョルがいる)、定期的な演奏会も行なった。ギターのヴィルトゥオーソとして鳴らし、「ギターのサラサーテ」の異名をとった。バルセロナに定住して1909年に逝去。
(ウッキペディアより)
主なギター曲
アルハンブラの思い出・ラグリマ・アデリータ・アラビア風奇想曲・グランホタ他多数
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